勝手に「ルソー哲学」 子どもへの接し方

テーマは子育て。
哲学というと難しいような気がしますが、
もしみなさまのヒントになればと少し考えてみます。

「ルソーの哲学」を調べる機会がありました。


ルソーは「エミール」という本を残しています。

ルソーが、エミールという名前の「架空の子どもを育てる物語」を通じて、哲学者として考えた「子育てのあり方」を、伝えようというものです。時代も違う、国も違うので「完全な理想」とは言えないと思いますが、親としてハッとさせられるヒントがいくつかありました。


画像


ルソーは、こんな言葉を残しています。



  人間は2回生まれる 

  1回目は「存在する」ために、2回目は「生きる」ために



人は、まず「この世の中にただ存在する」ということを学び、その後ようやく「生きる・社会に役立つ」ということを身に付けるというのです。さらに、もう少し詳しく、15歳までを「自分のために生きることを学ぶ時期」とし、15歳以降を「みんなのために生きることを学ぶ時期」とし、それぞれでの子供への接し方を提案しています。


わたしが最もハッとさせられたのは、人は15歳までという長い時間を費やして「存在する」「自分のために生きる」ことを学ぶんだということです。この世に存在していいんだ、まずは自分のために生きていいんだ、ということを身に付けるだけでも15年もかかり、親もそれを意識して子どもに接せよというのです。


大人はすぐに「人の役にたつ人間になりなさい」と言います。ものごころがつくと「友達と仲良く」とか「人を助けられる人になりなさい」とか「人への思いやりを大事に」と言いがちです。私もこれまで、そうでした。

ところがそれは大人にとってのみ必要なことであり、子どもにとっては「押しつけ」にすぎない。15歳までは「自分がいかに大事な存在か」「何もしなくていい、何にもならなくていい」「ただそこに存在しているだけで貴いのだ」ということを心から実感することが大事だとルソーは言うのです。そして、「自己愛」「自己肯定感」という土台ができあがっていくと。


さらにこんな言葉も残しています。



  子どもは「小さな大人」ではない



わたしも、我が子に「大人」としての振る舞いを期待し、押し付けていた気がします。「競争」「勝ち負け」とか「社会に役立つ」とか、自分が囲まれている「大人の都合」を子どもに押し付けていたのではないか、自分の我が子への言動を思い返し、かなり恥ずかしくなりました。



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック